2011年4月11日月曜日

現地レポート⑱ 協会第四次支援チームが宮城県で救援活動


兵庫県保険医協会・第四次被災地支援チームが4月9日()10()に宮城県内で救援活動を行った。近畿と福岡歯科の保険医協会有志とともに行った活動は、歯科支援第一弾としても取り組まれ、兵庫協会から加藤擁一副理事長、中津正二先生(三田市・中津クリニック院長)、藤田典子歯科衛生士(加古川市・うちだ歯科)、楠・山田事務局員が参加。大阪歯科協会から山上紘志副理事長と後藤剛事務局次長、京都歯科協会から平田高士理事、福岡歯科協会から杉山正隆副会長と大水継圭理事、和歌山協会から小谷隆久先生と上野佳男事務局長で総勢12人。

4月9日(土)

避難者の口腔内をチェックする加藤副理事長

5時に東京を出発し、11時頃に仙台市入り。宮城協会事務所を訪問し、野地事務局長から被災地の状況などについて説明を受けた。北村龍男理事長や井上博之歯科代表らと電話で表敬、激励しあった。
14時に石巻中学校へ。約600人が避難している。3班に分かれ、2時間ほどかけて各教室や体育館にいる避難者に声をかけて回った。
加藤擁一先生が一人ひとりに「歯はちゃんとみがけていますか」「入れ歯をなくしていませんか」「痛いところはありませんか」と声をかけて口腔内を見て回ると、「入れ歯用の歯ブラシと洗浄液、ケースがほしい」「柔らかい歯ブラシはないか」など声があがった。
阪神・淡路大震災のときに多くの避難者が誤嚥性肺炎で亡くなられた経験から口腔ケアの大切さを説明すると、避難者らは熱心に聞き、自分の歯の状態なども訴えた。
加藤先生は、「避難所での歯科ニーズは非常に高い。当面大切なのは、避難所で困っていることを手助けすること。フロスがほしい、歯磨き粉がほしいという人も多かった。入れ歯があたって痛いという人がいたが、少し削ってあげるとQOLがずいぶん向上する」との感想を話した。
 16時からは石巻高校へ。約300人が避難している。ここでも3班に別れ、1時間半ほどかけて巡回した。
被災者一人ひとりの相談に乗る中津正二先生
中津正二先生は血圧を測定して回ったが、多くの避難者が高い数値を示した。中津先生は一人ひとりに「野菜を食べろ、塩分をとるなと言ってもこのような状況だから難しいでしょうが、できるだけこまめに血圧を測定してもらう機会をもってくださいね」と声をかけて体調の相談に乗り、持参した痛み止めや降圧剤などを必要に応じて提供した。
中津先生は、「一週間前に測ったときは正常だったという人が多かったが、今日は多くの人が高い数値だった。この一週間ほどで事情が変わってきている。炭水化物を塩分を加えて食べており、また『残さず食べる』ことが言われている。野菜もなかなか口にできない。余震の恐怖で夜は眠れず、運動不足、避難所生活でのストレスなどが血圧を高めている。開業以来10数年使っている血圧計で測定したが、こんなことは初めて」と感想を話した。
 
4月10日(日)
 2日目、9時30分頃に名取市文化会館へ。414人の方が避難している。初日同様、3班に分かれて1時間半ほどかけて巡回し、医療ニーズを探った。
中津先生は避難所に詰めていた看護師と共に巡回。「子どもが日に何度も鼻血を出す」「足がパンパンにむくんでいる」などの訴えが避難者から出され、看護師と相談しながら対応していった。
また歯科では避難所に詰めている歯科衛生士と共に巡回。「治療通院していた歯科医院が地震で潰れてしまった」「歯医者さんの所においてあるハブラシが欲しかったところ」「小さい子ども用のハブラシを下さい」などの相談を受けた。
「保険でより良い歯科医療を」兵庫連絡会も、歯ブラシ1000本を寄付した。

2日間の医療支援活動を通じて、参加者からは「避難所の医療ニーズは極めて高い。保団連として継続的な医療支援が必要」が寄せられた。

2011.4.11
兵庫県保険医協会事務局 楠 真次郎

2011年4月8日金曜日

(4/6)宮城協会・保団連支援隊 石巻市、七ヶ浜町、多賀城市を会員訪問

4月6日、宮城協会の鈴木さんと支援隊の4名<神藤(栃木協会)、伊藤(愛知)、小川(愛知)、里村(保団連)>は、住江先生と大阪の原さんを乗せて、石巻へ。石巻診療所の矢崎先生の診療所に車を置いて、2手に分かれて、石巻市内の38会員医療機関を訪問した。
前日の塩竈市とは違って、診療所が流されてご本人と会えないところや診療再開困難というところが多数あった。
宮城協会の青井さんと岩淵さんは、七ヶ浜と多賀城市の11会員医療機関を訪問した。

【行動参加者からの報告概要】
石巻地区を訪問。津波の被害が最も大きい地域では、建物の跡形もない焼野原状態。建物はあっても1階の天井近くまで浸水し、再開は困難。ライフラインも未通のところが多い。かろうじて残った2階自宅部分などに暮らしているが、再建のめどがたたず、日に日に意欲が失せている様子。(保団連:里村)
津波による被害の大きかった石巻市の会員訪問を行った。市内は道路はかなり通行可能な状況であったが、津波によって流された車や瓦礫などが積み上げられている状態だった。泥なども残っており、粉塵が巻き上がって空気も悪い状況。
多くの医療機関が被害を受けており、診療を再開していても、「薬の処方のみ」や「時間を短縮して診療」というところがほとんどであった。診療所の床や機器は泥にまみれたままの状態で、床にブルーシートを敷いて診療を再開している医院や、待合室に臨時の薬局をつくって処方を行っている医院もあった。診療所に被害がない場合でも、先生の自宅やスタッフの自宅などに被害があることなどから通常通りの診療はまだ難しい状況であった。
また、医療機関まで伺っても、診療の再開のめどが立っていないため、誰もいない医療機関もあった。
全国から集まった見舞金を持って訪問を行ったが、どこの医院でも非常に感謝された。
ある産婦人科では、1階に浸水し機器などはほぼすべて使えなくなったとのこと。診療再開のめどは立っていないが、石巻市内にある産婦人科4件のうち、2件が今回の被災を機に廃院をする可能性が高いため、自分のところはかならず診療を再開すると語っておられた。開業医で担っていたお産が拠点病院(日赤病院)に流れると拠点病院がパンクしてしまう恐れがあること、妊婦検診や乳がん検診など自治体の行う検診の受け皿がなくなる可能性があることなどを危惧されていた。石巻の地域医療を守るためにもぜひがんばりたいとのことであった。
ある歯科医院では、診療所自体には被害がなくすでに診療を再開していた。先生はPTAの会長をしていることもあり、避難所の責任者を引き受けており、被災後しばらくは診療どころではなかったとのこと。今、心配なのはヘドロなどによる感染症と、肉親や友達などを亡くした方々の心のケア。これから暖かくなると感染症が一気にひろがる可能性があり、早急な対応が必要と話されていた。また、心のケアの問題では、どの様な方法が必要か苦慮しているとのこと。被災者を元気付けるために餅つきを企画しようとしたが、この時期には不適切として開催できなかったことなどのお話を伺った。(愛知:伊藤)

[主な訪問結果(石巻市)]
■H歯科医院
診療所は全壊。先生本人は100メートルほど離れた自宅にいた。水道も電気もまだ回復していない。診療所はかろうじて倒れずにいるが、業者の話によると、2階の機械室が重しになっている状態だろうとのこと。自宅は1.5メートルくらい水没。床下にもヘドロが入り込み片付けが大変な状態。自宅の敷地内によその家の倉庫が流れてきていて撤去も困難。協会から来てくれただけでありがたい、歯科医師会からはまだ何の連絡も来ない、昨日からやっと郵便が届くようになったがとにかく情報が欲しい、とのことだった。
■M内科クリニック
診療室は天井まで水没。二階の自宅で生活している。電気、水道、ガス、電話とも不通。郵便は届いている。震災4日目から避難所で診療活動を始め、今は支援チームに引き継いだ。建物が残っているので、廃院するか再開を目指すか毎日迷っている。地盤沈下で大潮になると冠水する状態で、住民が戻ってくるのか分からない。患者さんに「いつから開くの?」と聞かれ、早く再開したい気持ちはあるが、日に日にやる気が失せていくのが分かる。再開するとしても来年で、それまでの日数や費用、その間の収入はどうなるのか不安だ。廃院か再開か、今が分岐点だと感じる。
■K歯科医院
玄関に当たる1階部分が水没したが、診療室は2階だったので機器は無事。だが、機械室とエアコンの室外機が1階にあり、全部交換しないといけない。水も屋上の貯水槽が壊れたらしく、駐車場にある水道1カ所しか出ない。周りの商店街の人は毎年津波警報があったことから慣れてしまって、今回も2階に上がった程度だった。そのせいで車や商品が流された人が多い。先生自身は地震の直後、患者と従業員を全員帰し、3階にいた母親を連れて山に逃げたため無事だった。5人の従業員のうち2人は逃げる途中に車を置いて逃げたが、車が流され診療所に来れない状況になっている。明日から清掃を本格化させたい。給与は補助を受けて全額を保障するつもり。
■S歯科クリニック
床上まで浸水したため、機器はほぼすべて取り替えなくてはならない。できれば診療を続けたいが、機器の調達などのめどがたっていない。休業補償を支給してもらえると、従業員への給料の支払いもあるのでありがたい。ぜひ検討してほしい。
■S歯科医院
診療所は床上浸水。機器はすべて水に浸かってしまった。診療再開のめどはたっていない。
歯科医師会の副会長をやっているが、連絡のとれない会員も多い。行政などには、きめ細かく状況を把握してそれに対応した支援策を講じてほしい。
死者の特定のために、検視結果とカルテの照合を依頼されることがあるが、カルテも水に浸かったため照合に相当な手間がかかる。後片付けなどもあるので、手伝ってもらえる人がいるとありがたい。
■I歯科クリニック
診療所は無事だったが、自宅が浸水したため、診療所で寝泊りをしている。
PTAの会長などを行っている関係で避難所の責任者も任せられ、しばらくは診療どころではなかったが、最近ようやく落ち着いてきたので診療を再開した。周辺はヘドロなどの影響で衛生状態が極めて悪くなっておいる。そのあたりの対策を行政にはぜひお願いしたい。
[主な訪問結果(七ヶ浜、多賀城市)]
■O先生 七ヶ浜
ライフラインは大変だが、診療をやられていた。建物が高台にあったため、被災を逃れられたとみられた。まわりはいたるところ、がれきの山だった。お見舞いをのべ、アンケートを頼んできた。薬で甲状腺の薬が手にはいらないと話されていた。
■S先生 七ヶ浜
地震の後片付け中に手を骨折され、ギブスをしていた。診療を再開しており、損傷は少なく思われた。先生もまわりが本当にひどいのでと話されたおられた。
■N先生 多賀城
診療所は浸水、T先生は避難途中でけがをして、入院中、従業員ともども、かたづけされていたが、かなりいたんでおり、再開まではかなり日数がかかると思われた。お見舞いとアンテートをお願いしてきた。融資の資料も聞かれたので、おいてきた。

(4/7)保団連支援隊 宮城・石巻市を会員訪問

行動日時と場所:4月7日(木)宮城県石巻市
行動参加者;高橋理事(宮城協会)、住江会長、原(大阪)
神藤(栃木)、伊藤(愛知)、小川(愛知)、里村(保団連)

4月7日、支援隊の4名は、宮城協会の高橋理事、住江先生と大阪の原さんを乗せて、石巻へ。石巻診療所の矢崎先生の診療所に車を置いて、2手に分かれて、石巻市内の37会員医療機関を訪問した。
住江先生と原さんは、石巻市内の避難所等をまわり、会員訪問も2件していただいた。
【行動参加者からの報告概要】
これまでは目の前のがれきを片付けるのに必死だったが、一息ついたところで今後への不安が大きくなっている様子。再開に要する資金と、再開後の患者減に対する不安が大きい。「医療機器の無償貸与などの制度があれば」との意見も。
避難所で、「入れ歯に歯垢がたまり、痛くなった。そういうのを削ってもらうだけでもお願いできたら」との要望あり。(保団連:里村)

[主な訪問結果(石巻市)]
■Y産婦人科
当日は職員と患者を帰し、戸締りをして出ようとした時には腰まで水が来ていた。隣のアパートの2階に上がり、雪が降る中、外の階段で一晩を過ごした。4~5日前に電話や電気、水道が通り、やっと診療所内の泥がなくなった。看護師も避難所から通っている状態なので、午前中開けるだけで精いっぱい。
■N歯科
再開のめど立たず。途中で患者さんが訪れ、「先生、いつから開くの?」。
■K内科皮膚科
4月中旬に再開予定。当日は首付近まで水につかり、機械類は全滅。
■M眼科
仮診療所を開設。機械類全滅。室外機全滅。再開するのにいくらかかるのか、再開したとしても患者激減は目に見えている。なにしろ仕事がない。自宅は6キロ先だが、そこまで水につかったから、その付近の田畑はしばらく無理だろう。とにかく泥を出そうと必至でここまで来たが、ここからが大変だ。
■S歯科
水は上がらず、地震で現像機が倒れて現像液がこぼれた。こうして回っているのですか。ほかは大変だったでしょう。
■H産婦人科
床上浸水で診療所は全壊状態。無人であったため報告書をポストに入れてきた。
■K産婦人科医院診療所、自宅ともに床上浸水。機器がほとんど水に浸かってしまったため、診療再開のめどがたっていない。電話、FAXも不通。ガスも5月にならないと復旧しない。
石巻市内は産科不足が深刻になる可能性が高い。地域以外の先生方からの応援体制をつくってもらいたい。
■M森消化器内科外科
1階まで浸水。機器はすべて水に浸かってしまった。
現在は時間を短縮して診療しているが、11日からは通常時間で診療する予定。機器などは復旧していないが最低限の機器で診療していくつもり。
■T歯科医院床上浸水で、機器もすべて使用不可になった。
復旧までは2ヶ月くらいはかかるのではないか。
歯科医師会はなかなか動いてくれない。保険医協会はこうやって来てくれるので非常に頼りにしている。今後もサポートをお願いしたい。