2011年4月19日火曜日

現地レポート22 加藤 擁一先生から

 歯科の役割は大きい    加藤歯科クリニック 加藤 擁一

 4月9()10()と、宮城県の被災地に行ってきた。8日()夜、診察を終って最終の新幹線で東京に前泊、翌朝5時から車で6時間かけて仙台へという強行軍だったが、一同、元気に頑張ってきた。
 出発直前の7日深夜、東北地方を震度6の大規模な余震が襲った。復旧しかけたライフラインがまた被害を受けたと報道されており心配だったが、何とか無事到着できた。
 まず、宮城協会の事務所に行き、被災状況の説明を受けた。事務所の壁一面に被災医療機関の写真などが貼ってあり、すさまじい状況の一端がうかがえる。未だに連絡の取れない会員も多いとの話である。
 午後からタクシーで石巻市に入る。死者・行方不明者5,000人以上を出した、最大の被災地である。沿岸部はほぼ壊滅状態で、一カ月たった今も見渡す限り瓦礫とヘドロに被いつくされている。
 高台にある石巻中学と高校が避難所になっている。係の人に許可を得て、避難している人に「歯のことで困っていることはありませんか」と声をかけて回る。津波で義歯を紛失した人、義歯の調子が悪い人、歯茎を腫らして抜歯の必要な人などが少なからずおられた。歯ブラシなども十分には行き渡っていない様子で、歯磨剤、義歯洗浄剤の要望も多かった。血圧の高い人も多数おられる。現地の医科・歯科医療機関もひどく被災しており、かなり大変な状況である。
 翌日は、仙台の南東にある名取市を訪れた。ここも津波の被害が大きかったところで、今も1,000人以上の方が行方不明である。市の中心部にある文化会館が避難所になっていて、200人ほどが生活しておられる。
 避難所周辺はライフラインがほぼ復旧しており、近隣の歯科医院も診療を再開していた。歯肉炎のひどい人、一治療が中断したままの人もおられて、受診を勧めた。現地の歯科医師会の方や、保険センターの歯科衛生士さんとも懇談をする機会を持てた。阪神・淡路大震災の経験も話し、激励した。「保険でより良い歯科医療を」兵庫連絡会から預かってきた歯ブラシをお渡しし、活用をお願いした。
 2日間の限られた日程で、十分なことができた訳ではないが、被災者のみなさんにあたたかく迎えていただいたことが何よりであった。当初「歯科医療は充足している」との行政サイドの話もあり、歯科ニーズが十分把握されていないことを心配していた。やはり、現地で被災者一人ひとりに声かけをすると、歯科医として、できること、しなければならないことが数多くあると、改めて実感した。震災関連死につながる誤嚥性肺炎の防止に口腔ケアが重要なことは言うまでもない。
 今後とも現地支援を続けていきたいと、参加者一同が感想を持った。ぜひ、多くの先生にも参加を呼びかけたい。